第3章 縫製編 前編 ~高級シャツって?~
洋服の中でも、縫製テクニックの話は、クラシコ・ナポリ系のテーラードやシャツ好きなメンズにとっては、大好物な「蘊蓄」の塊です。それぞれのメーカーが、数百年の洋服の歴史を通して培ってきた思想や技術が凝縮された結晶、それが縫製技術です。
これに関しては、色々な人がブログやサイトでブランド毎に紹介しているので、知っている人はかなりの知識を持っているかと思います。そこで、ここではそうした「一般的なシャツ縫製の蘊蓄ポイント」の流れを取り上げながら、現在の僕なりの考察を披露していきたいと思います。
今回も長くなりそうなので、まずは前編
ではまず、そもそも高級ドレスシャツってどういうもの?一番分かりやすく、「値段的」に言うならば、価値観にもよりますが、「25000円」を超えてくると、高級ゾーンと言えると思います。(20000円前後だとブリッジな感じ?)ブランド別に並べると、大体以下の感じ。
3000円前後:青山・AOKIさん
5000~8000円:鎌倉シャツ、国産ビジネスシャツ
13000~15000円:大手セレクトショップ(tomorrowland ,united arrows)
20000円前後:大手セレクト上級ライン(united arrows 「sovereign」ラインとか)
25000円前後:インポートカジュアルライン(guy rober, barba dandy life,)
30000円前後:インポートドレスシャツ(Barba,finamore,日本のデザイナーズ系)
35000円~40000円:インポートハイエンドライン(Luigi Borrelli,Turnbull&asser )
40000円以上~:(FRAY, kiton,アットリーニ, インポートブランド系)
次は、高級シャツの技術的な仕様ポイントをざっと上げていきます
1:生地 2:運針 3:折り伏せ縫いor 巻き縫い 4:袖後付け 5:地縫い返し 6:ハンドの工程 7:釦 8:釦付け 9:ヨーク 10:裾仕上げ 11:芯 12:箱など付属物
大体、こんな感じでしょうか。。
ただ、「高級」を「値段」で区切ってしまうのならば、インポートの商品はshipping コスト・関税と為替レートで1.5~2倍高くなっているので、実質的な価値をそのまま表しているわけでは無い事も理解しておきたい所です。例えば、turnbull&asser の既製品は、日本でこそ35000円超クラスで「最高級」ですが、本国では200ポンド前後が中心。英国人にとっては、日本で言えばunited arrows sovereignの2万円前後のシャツと変わらないイメージです。その高額値段の要因は、「ユーロ」以上の「ポンド」の為替レートの強さに依る所が大きいのです。
そんな所を前提にしつつも、、
高級シャツの代名詞としてよく取り上げられる縫製仕様面に関して、一歩踏み込んでみようと思います。まずは、割と知られている「運針数」について。
「運針」は、ステッチのピッチの事で、10mmないしは30mm間のミシン目の数を測ります。通常のシャツの運針は、30㎜間で、15~18針位、ドレスシャツになると21~22針超えてそのゾーンとして認めれるようになります。
例えば、鎌倉シャツさんは、衿やカフスは24針、身頃で20~21針、叩いてきます。値段は安くても、生地や仕様にこだわった物作りをしているので人気があるわけです。
細かければ細かい程、高級と呼ばれる運針数ですが、その極みは「FRAY」のシャツが有名です。彼らは衿パーツで36針以上、身頃でも30針叩いてきます。線のように美しく、その「技術」、「針の開発」も含め、希少性とコストをかけたパフォーマンスを考えれば、「高級」であることを疑いようがありません。
他には、Borrelliの衿ステッチで約30~32針、 turnbull&asser の衿ステッチ:約24針、charvetの衿ステッチで21~22針です。ただ、turnbull&asserはステッチよりも、衿の外ラインのS字カーブこそが有名です
これは、3:折り伏せ縫いにも同じことが言えます。
折り伏せ縫いは、「脇」や「袖」の本縫いに見られる、一方の縫い代をもう一方で縫い包んでステッチでたたく縫い代処理のテクニックですが、これに関しても、細ければ細い程高級と評価されます。
FRAYは、約3㎜巾、鎌倉シャツも約3㎜に合わせてきます。一方、ナポリ系のシャツはBorrelliをはじめ大体極限の約2㎜巾でこんもりと仕上げています。
その一方で、turnbull&asser に関しては、折り伏せ縫いですらなく、ステッチが2重に出てくる「巻き縫い仕様」で約4㎜巾。しかも、4:袖付け自体も、後付けではなく裾から一気に脇を縫い上げる最も一般的で、効率的な縫製方法です。
このように、高級シャツと言われるブランドでは、技術的な面におけるある一定以上のレベルを超えるラインがある一方で、シャツメーカーによってその仕様はそれぞれであり、現在知られるようになっている高級シャツの「蘊蓄スペック」は、あくまでもナポリ系を基準に語られているに過ぎないという事です。
シャツメーカーは、それぞれのスタンスと考え方の中でシャツを作る訳なので、ナポリシャツに代表される柔らかい着心地を追い求める仕様面と、質実剛健な英国の仕様面の違いとは、どちらが優れているというのではなく、違いという事で認識されるべきかと思われます。また実際これは、衿の芯に顕著に表れてきます。
そして、そのどちらもがオリジナリティに富んだ仕様とデザインを長い歴史をかけて積み上げ、踏襲してきたことのブランディングとアティチュードにこそ「高級」という称号が与えられる訳です。
一方で、そんな中最近気になるのは、こうした蘊蓄スペックをなぞるような作り方をしている日本の商品が増えてきている事です。SNSなどを通じて、よりビジュアルや文言で商品をアピールするやり方が増えてきた昨今、その蘊蓄スペックは、商品の謳いとしては大変重宝されるが故かと思われます。
ただ、果たしてその「蘊蓄スペック」は、本来の役割を全うしているのかしら?と疑問に思う事も時々あります。
例えば、折り伏せ縫いの細幅に関しても、細くすればするほど高級という一方で、縫い代はより細いトンネルの中で詰まって硬くなっていきます。元々は、縫い代をなるべく少なくして肌当たりを小さくすることで、着心地を高めるのが目的なので、素材の柔らかさがありきの縫製仕様です。もし素材に張り感がある場合、この仕様では、本末転倒です。少なくとも3~4㎜に平たく仕上げている方が、脇自体が硬くならずに着心地を損なう事もないと思います。
運針も同じです。ステッチを細かくするという事は、上下で糸を噛ませる訳ですから、その部分はより硬くなります。生地に針穴を沢山開けて負担をかけ、生地の融通を奪っていくのに変わりはありません。
その意味では、運針をより細かくするのであれば、「衿」と「カフス」に絞り、そのうえ、中芯をある程度硬いものを選ぶべきでしょう。逆に、デザインによって、トレンド系の衿を軽く、柔らかく仕上げたいのなら、ステッチを必要以上に細かくするのは生地に負担をかけるだけで、逆効果かと思われます。
FRAYやBorrelliにもなれば、そのスペックを実現するべく、針やミシンから日本のそれとは違います。そうした環境設備の整理・研究があってこそ、製品のクオリティを保っている訳です。
仕様は本来、生地と製品の風合いから逆算して取捨選択されるべきなので、消費者に訴求するのを目的に優先されるべきではありません。無理してスペックを追いかけて、工場を追い詰めるよりも、その各ブランドが消費者に求められている強みに、よりフォーカスしたモノ作りの方が、最終的には「売れる」商品になるのでは・・?と思う訳です
勝手なぼやきですが、次に続く・・・