第二章 パターン後編 ~日本のシャツの問題点~
パターン後編
前編にて肩回り・僧帽筋=背ヨークの重要性について触れましたが、scyltのパターンニングに関してもう一歩。
まず、scyltのボディ構成に関して。
一般的なシャツは、前身と後ろ身の2面を脇で縫い、身体を包むボディを作ります。(よく良いシャツの条件として、この脇の縫製=折り伏せ縫いの幅の細さがあげられます)一方で、ジャケットは前身と後ろ身の間に、細腹(さいばら)と言われる脇のパーツがあり、3つの面(半身に対して)で平面である生地を立体化します。
このシャツとジャケットの構造の違いは、アイテムとして求められる意味と機能性の違い、パターンとしては身体を包む「ゆとり分量=運動量」に対する考え方の違い、フォルムとしては「シルエットの違い」と言うことが出来ます。
scyltのシャツでは、このジャケットの考え方をイメージし、3面構成にしています。
簡単に言えば、ジャケットはシャツよりもゆとり分量を削り、きれいなシルエットを造ることが出来る、だから、それをシャツでも目指そうという事なのですが・・・
実際、パターンにおいてはそれほど単純なことではありません。スーツジャケットはアイロンワークや芯据えによって、人体に沿った立体感を形作れるわけですが、シャツにはそれが出来ません。あくまでもパターニングによってのみ、それを完成させなければいけません。
ポイントは、前胸幅と袖山巾のバランス、肩回りの分量感のパターニング(前章)という事になりますが、現状の日本のシャツを見ていると、こうしたポイントを着心地として成功しているメーカーは少ないように感じます。某〇倉シャツ、某〇airFax、麻〇テーラーの「パターンオーダー」でさえ、問題は同じように感じます。それは、「前胸幅辺りがキツイ割に、後ろ身は余っている現象」です。
一方、イタリア系のシャツにおいては、この問題はありません。元型としての基準体型の違い、胸板の厚み、肩回りの厚みに対するパターンニングが根本的に違うのが理由に挙げられます。
踏み込んで言えば、骨格の違いとして、「背骨の湾曲」が欧米人(左図)の方がよりS字に曲がっているため、背中から首の距離が日本人(右:猫背型が多い)よりも長くできており、これを服になぞらえると、欧米のパターンの方が、首から肩をカバーする「背ヨーク」の分量感をより多く取る必要があると言えます。
イタリアのシャツは、この肩回りにしっかりとしたゆとりを確保することで、着用時に前身パーツがより前に回ってくることが可能になり、また、胸板の厚みに対応すべく前胸幅の寸法もしっかりと確保しているため、腕の前後運動に対しても余裕があるわけです。もちろん、日本人にとっての欧米のパターンは、逆を返せば、そのヨークの分量感が多過ぎる傾向があり、それが肩回りに「棚ジワ」となって現れることがよくあります。それはジャケットでも同じで、単純に欧米のパターンや製品の方が優れているという訳ではありません。
ただ・・、日本人にとっては、一長一短のパターンとも言える欧米(イタリア)の服ですが、、実際の所、数値上同じ身幅設定のシャツを日本とイタリアと2つ用意した場合、着用感としても、シルエットとしても、俄然イタリアのシャツの方が優れていると感じます。それは、やはりパターンのバランス、目標とするシルエットに対する「美意識」の存在、、さらに踏み込んで言えば、「洋服」に対する考え方、仕事に対する考え方、感性の違いがその背景にあるのだと思います。
勝手に根っこの深い問題にしてしまいましたが・・、現状で言えば、今の日本のシャツのパターンが現代の日本人の身体に対応しきれてないのではないか・・?もしくは、それ以上に目指そうとしているシルエットがあるのか・・?と思われるという事です。
話を戻して・・、、
ジャケットのようなシルエットを目指すという点において、3面構成自体の目的は、まず一つにパターンという「形=シルエット」を作る「手段」としてのそれです。
左写真のように、脇を「面」にすること、前身胸部と前ウェストの上下でダーツ分量を取ることにより、腕周りのだぶつきを処理しながら「胸の立体感」を形作る、それによって、よりアスリートライクなスポーティなシルエットと運動量を両立させる事にあります。
これは、一般的な2面構成(脇が「線」)、「脇と背中のダーツ」では表せないと僕は考えています。もちろん、先ほど問題にしていた肩回りから前胸幅にかけた分量感の確保というのは、これらの前提条件として求められる訳です。
そして、もう一つは「デザイン」を作る手段としてのそれです。
scyltのシャツは一般的なシャツとは、コンセプトや志向が違います。
一般的なシャツは、「ビジネスシャツ」として、スーツのインナーとしての在り方が求められます。それは、日本においては特に、価格、生産性、取り扱いのし易さ、そういう「量産的な物作り」の側面から逆算していきついた、戦後の日本人が経済成長を遂げた得意の方法論です。
一方、scyltのシャツで目指すのは、「ビジネスシャツ」ではなく「ドレスシャツ」、ジャケットを脱いでもサマになるシャツ、インナーとしてだけでは無い、1枚で完成する「色気」を追い求めています。そして、その色気は、今までのオーセンティックな欧米の価値観がもつ「エレガンス」と「官能」だけではない、今の時代性を表したよりスポーティで、より無機質な「コンテンポラリー」としてのそれを追い求めています。
そうしたデザインにおける選択としても、3面構成を採用しているわけです。
シャツもプロダクトデザインの一つです。そこには、「機能・構造・美しさ・トレンド」が一つの指標として挙げられます。
「コンテンポラリー」は、この4者の交点だと僕は考えています。
「機能=構造」が研ぎ済まれたところに生まれるミニマルなラインの集合、それを「美しさ」とするのであれば、前者3つを本質的なデザイン性であると考え、そこに「今っぽさ=トレンド」を加えたもの、それが「コンテンポラリー」という名の「新しいクラシック」になるのです。
最終的に、パターンの話から、随分かけ離れた所に来てしまいましたが・・・、
scyltとして追求していきたい僕のめざす道は、まさにそこにあるのです。
左図:「粋の構造」哲学者:九鬼周造の理論 OP線上に「粋」は存在する。 日本人、日本の「美」・「色気」を考えた一つの定義として評価される